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雪桜

 平成30年が始まりました。平成もこの1年少しで終了となります。平成になってからでも30年。昭和の時代から長く蘭を栽培していることに改めてよく続いているなと思います。
 蘭に対する熱の入り方も最近は培養土までも市販品を使ってみようかと思うくらい低調に推移していますが、平成に入った頃はまだ赤花ブームから縞ブームも始まり、私の中でも熱が入っていた時期でした。
 その頃の思い出を一つ。
 平成2年に東京の黒崎さんを訪ねたときのこと。先生の蘭舎に無名の赤花素心がありました。確か訪問したのは秋だったと思うのですが、茨城方面の産だというこの蘭に当然花はなかったのですが、先生は二度花を確認され、さらに良い花を咲かせようと大切にされていました。そして、まだ、誰にも分けていないと話されたのを聞いたとき、私の収集欲に火がつきました。
 「是非とも分けていただけないでしょうか・・・。」
 分けられないという先生にお願いを繰り返し、話題を変える先生にまたお願いし、分けてもらうまでは帰らないつもりで何度もお願いしました。結局、応接間と蘭舎を3度も行き来してなんとかバック1本を分けていただけることになりました。鉢を開けて確か4、5本立ちぐらいだったと思いますが、一番後ろを頂いた時の嬉しさは例えようがありません。先生はこの蘭が性質が弱いので1本割りにするのを心配されていましたが、私は嬉しさからそんな心配もどこかに飛んでしまっていました。
 丁度、世間はバブル末期に近づいていた頃で、蘭も高値をつけていました。この蘭も持ち合わせでは足りず、後で書留で残金を送ることになったのも思い出です。
 先生はこの無名の赤花素心に「雪桜」という名前を付けておられました。

IMG_6758_convert_20180121093316.jpg
雪桜

「どんな色に咲きますか。」と聞いた私に先生は、「あなたの足元にある敷物の色です」と言われました。そこには朱紅色の模様の絨毯が敷かれていました。
 それから30年近く。
 芽が出てはバックが落ちる繰り返しで花はなんとか2度咲きましたが、貧弱な株についたもので花色は朱金色のような先生が話された色には遠いものでした。
 先生からいただいた蘭では、過去に、萬寿以上といわれた赤輪を枯らしたことがあり、痛恨の極みですが、自他共に作下手を認めるなかで、この赤花素心だけは枯らさずに持っていこうと思っています。
 私が蘭を作っていられるのはあとどれぐらいかわかりませんが、この蘭をなんとか上作し本咲の花を見たいと願っています。
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No title

この蘭には過去欲を出して大きくしようと肥料をやると葉がふるなど何度も作落ちし、痛い思いをしているので、今は自然体で蘭に任せて作ろうと思っています。

赤花素心

きっと咲かせてください!
今年は大阪行く予定ですが…
この花が咲いたときは仕事休んで観に行きますね!
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ゴリョウ

Author:ゴリョウ
東洋蘭との日々の付き合いで感じたことを書いています。

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