赤花ブームの頃(2)

 銘品の出自が判らないのは東源だけではないが,あの頃はブームに乗って銘品・無銘品を問わずかなりの赤花が出回っていた。期待の品は仮名が付けられ、同一品でも地方によって名が違っているなんてよくあった。銘品はその中から選別されたものだが、出自など間違って登録されている場合も多いといわれる。採取者と登録者が無関係のなかで間を執り持った人がしっかりしていなければ到底真実など伝わらないであろう。

      東源
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 朱鷺は新潟県佐渡産である。蘭商の石綿さんによって昭和50年頃見つけられた。佐渡島の赤泊町で「鬼面人を驚かす」と初めてこの赤花を見たときの驚きが伝えられている。しかし、私の知る限り朱鷺は戦前の産らしく,採取地も佐渡島の南端小木地域と聞いている。戦前の虎物ブームで朱鷺も最初は虎期待で採取され地元で育てられていた。確かに新葉に派手なボヤ虎が入り葉幅も出る。戦後この虎見込み蘭に赤花が咲いた。おりしも赤花のブームが始まろうとしていた。ちょうど小木地域に出入りしていた反物商人によりその存在を長岡市に伝えられ、虎では大成しなかったが、赤花大銘品として大物商人の手で全国に出ることとなったのである。

      つくばの蘭友から来た山採り赤花
      縺、縺上・襍、_convert_20100714131016


赤花ブームの昭和4,50年代はまだ山に蘭が沢山あって愛好者は山採りにも出かけ銘品も見つかった。銘品の底辺には沢山の無銘赤花が採取されていたと思う。愛好家みんな既成銘品以上の花を求めて蘭友・その蘭友・そのまた蘭友などツテを頼って探し回っていた。たとえ手に入れた蘭に咲いた花が中途半端な色や花型であっても、それが楽しくてしょうがなかった。
 人の持たない花が欲しい、それも皆が憧れるような花を求めて毎年情報を求め、花が咲く春はケンケンガク蘭友と話題に欠かなかった。あの頃、あれだけの情熱を持って集めた苗は、良花を夢見て確実に栽培の楽しみに繋がっていた。山野で冬の霜柱をくぐり,夏の峻烈な日差しを知っている春蘭が、松ノ木の根元にしっかりと根を下ろしている。日本の厳しい自然からの産出品であり、山採りされたどんな赤花もわが国の里山・風土のイメージをしっかりと背負っていた。この前提と極めてまれにしか発見されないという貴重さとが重なってどの花も神秘的で強靭な個性が感じられた。最近のように、いくら人工交配で珍しい品種を作って見せられても、あの頃のような自慢もできないし、ましてうらやましいとも思わない。
 イメージの沸かない蘭は話しの種がすぐ底をつき、愛好家の夢・想像がたちまちしぼんでしまうものである。たとえこの先、目を見張る人工交配種が完成し商人や一部の愛好家には喜ばれても、普遍的な賛同、とりわけ古くからの愛好者からは、決して得られはしないしブームを呼ぶことは無い。
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Author:ゴリョウ
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